解説/物語

≪解説≫

■1930年代、日本統治下の台湾に出現したモダニズム日曜日メイン詩人団体、「風車詩社」

1930年代、日本による植民地支配が40年近く経過した、日本統治期の台湾。古都・台南で、日本語で詩を創作し、新しい台湾文学を創りだそうとした、モダニズム詩人団体、「風車詩社」。植民地支配下で日本語教育を受け、日本留学をしたエリートたち。日本近代詩の先駆者であり世界的評価を得ているモダニスト西脇順三郎や瀧口修造をはじめとする、日本文学者たちから刺激を受け、日本文学を通してジャン・コクトーなどの西洋モダニズム文学に触れる中で、若きシュルレアリストたちの情熱が育まれていった。日本語で新しい台湾文学を生み出そうとした彼らは、戦後の二二八事件、白色テロなど、日本語が禁じられた中で迫害を受けていく。植民地支配、言論弾圧という大きな時代の渦の中に埋もれていった創作者たち。その情熱は現代を生きる私たちに、何を問いかけてくるのか。

■台湾アカデミー賞こと、金馬奨最優秀ドキュメンタリー賞をはじめ、

多くの国際映画祭を席巻!

「懐日」ブームの台湾で発見された、歴史の波に埋もれていた若き詩人たちとそ日曜日サブ05の詩

近年、「懐日」ブームの台湾では、『KANO 1931海の向こうの甲子園』『湾生回家』など、日本統治時代に関連する映画が多く作られている。ホアン・ヤーリー監督の長編初監督作品となる本作も、台湾のアカデミー賞と言われる、第53回金馬奨最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した注目作である。黄監督は林永修(修二)の詩を通して、台湾でも忘れられた存在であった「風車詩社」を知り、日本統治期の台湾にこのような創作をしていた詩人たちがいたことに衝撃を受けたという。元メンバーの家族、研究者など関係者へのインタビュー、資料調査など、約3年をかけて製作された本作は、文学的視点からも大変貴重な作品となっている。

■台湾発・社会派文芸映画!

貴重な資料と共に忘却の彼方に置き去りにされた台湾文学、

政治に翻弄された過酷な運命が甦る ―――

本作は、詩の朗読、過去の写真やシュルレアリスム芸術作品を多用した貴重な資料映像、前衛的な手法の再現パートの、3つの要素で構成されている。台湾でも歴史の波に埋もれ、忘却の彼方に置き去りにされていたモダニズム詩人団体「風車詩社」の文学を通して、当時の台湾と日本の関係や、政治弾圧という社会的な側面が浮かび上がる。日本語で創作する事への葛藤を抱きながらも、ジャン・コクトーや西洋モダニズム文学への憧れを、美しく軽やかな日本語で昇華させた文学作品は、純粋なまでの芸術性と語感を持って、80年以上の時を経ても色褪せない独自の文学として私たちを魅了する。

日曜日の散歩者メイン_R

≪物語≫

1930年代、日本による植民地支配が40年近く経過した台湾は、安定した同化の段階に至っていた。この時期において台湾に登場したのが、モダニズム詩人の団体としては最も早い、「風車詩社」である。

日本の文学者たちとの交流や、留学先の日本で最先端の文化や芸術に触れる中で、西洋モダニズム文学の波は、台湾の若き詩人たちに大きな衝撃をもたらした。マルセル・プルースト、ジャン・コクトーなど、西洋モダニズム文学に対し大きな憧れを抱いた彼らは、仕事が休みの日曜日になると、古都・台南を散歩しながら、シュルレアリスム詩について語り合った。母国語ではない日本語で詩作する事への葛藤と哀しみを抱きつつ、彼らは自分たちの台湾文学を築こうと、同人雑誌『風車』を創刊した。しかし植民地支配下の台湾ではプロレタリア文学が主流であり、彼らのシュルレアリスム詩は理解されず、風車詩社は1年半で活動を終える。

1937年、盧溝橋事件をきっかけに日中戦争が勃発する。日本の敗戦を経て、戦後は蒋介石の中国国民党による独裁時代へと移っていく。1947年の二二八事件では、風車詩社の主要メンバーであった楊熾昌と張良典が無実の罪で入獄させられ、1952年には白色テロによって李張瑞が銃殺された。

日本語で自分たちの新しい台湾文学を築こうとした、シュルレアリスム詩人たちの葛藤と、その時代の日本人文学者たちとの交流、そして西洋モダニズム文学のもたらした衝撃が、貴重な資料映像と、彼らの詩と共に映し出されていく。